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尖閣「棚上げ合意」は事実。日本政府はいい加減に詭弁を弄するのをやめよ。

先日、野中広務元官房長官が中国を訪問し、日中国交正常化の際、尖閣問題を棚上げすることで両国が合意したことを再確認する発言を行った。

東京新聞

尖閣「日中が棚上げ」 訪中の野中氏「田中元首相が発言」

2013年6月4日 朝刊

 

 【北京=佐藤大】野中広務元官房長官を団長とする超党派の訪中団が三日、北京の人民大会堂で中国共産党序列五位の劉雲山政治局常務委員と会談した。

 野中氏は会談後の記者会見で、一九七二年の日中国交正常化交渉の直後に田中角栄首相(当時)から「両国の指導者は尖閣諸島の問題を棚上げすることで共通認識に達した」と直接聞いたと、劉氏に伝えたことを明らかにした。

 日本政府は領土問題は存在せず、「棚上げで合意した事実はない」(菅義偉官房長官)との立場で、野中氏の発言は波紋を広げそうだ。

(略)

すると日本政府(菅義偉官房長官および岸田文雄外相)は、さっそく棚上げ合意の存在を否定しだした。

MSN産経ニュース

野中氏の「尖閣棚上げ」合意指摘、外相と官房長官が全面否定

2013.6.4 11:47

 

 訪中した野中広務元官房長官が日中国交正常化時に「尖閣問題に関する棚上げ合意があった」と指摘したことについて、岸田文雄外相は4日午前の記者会見で「わが国の外交記録を見る限り、そういった事実はない」と述べ、否定した。

 同時に「尖閣諸島は歴史的にも国際法的にも日本固有の領土だ。棚上げすべき領土問題は存在しないというのが、わが国の立場だ」と強調した。

 また、菅義偉官房長官も記者会見で「中国側との間で尖閣諸島について棚上げや現状維持を合意した事実はない」と断言し、全面否定した。そのうえで「政府として一個人の発言にいちいちコメントすることは差し控えたい」とも述べた。

本当に「わが国の外交記録」には棚上げの事実はないのか? 実際に記録を見てみることにしよう。

東京大学東洋文化研究所の「日本政治・国際関係データベース」に問題の記録が収録されている。(孫崎享氏の『日本の国境問題』にも、要点が引用されている。)

[文書名] 田中総理・周恩来総理会談記録

[場所] 北京

[年月日] 1972年9月25日〜28日

(略)

第一回首脳会談(9月25日)

(略)

周総理: 田中総理の言うとおり、国交正常化は一気呵成にやりたい。国交正常化の基礎の上に、日中両国は世々代々、友好・平和関係をもつべきである。日中国交回復は両国民の利益であるばかりか、アジアの緊張緩和、世界平和に寄与するものである。また、日中関係改善は排他的なものであってはならない。

 田中・大平両首脳は、中国側の提示した「三原則」を十分理解できると言った。これは友好的な態度である。

 今回の日中首脳会談の後、共同声明で国交正常化を行い、条約の形をとらぬという方式に賛成する。平和友好条約は国交樹立の後に締結したい。これには、平和五原則に基づく長期の平和友好関係、相互不可侵、相互の信義を尊重する項目を入れたい。

 日中友好は排他的でないようにやりたい。

(略)

 日中は大同を求め小異を克服すべきであり、共通点をコミュニケにもりたい。

(略)

第二回首脳会談(9月26日)

(略)

田中総理: 大筋において周総理の話はよく理解できる。日本側においては、国交正常化にあたり、現実問題として処理しなければならぬ問題が沢山ある。しかし、訪中の第一目的は国交正常化を実現し、新しい友好のスタートを切ることである。従って、これにすべての重点をおいて考えるべきだと思う。自民党のなかにも、国民のなかにも、現在ある問題を具体的に解決することを、国交正常化の条件とする向きもあるが、私も大平外相も、すべてに優先して国交正常化をはかるべきであると国民に説いている。

(略)

具体的問題については小異を捨てて、大同につくという周総理の考えに同調する。

(略)

第三回首脳会談(9月27日)

(略)

田中総理: 尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。

周総理: 尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。

 国交正常化後、何カ月で大使(館)を交換するか?

大平大臣: できるだけ早く必要な措置を講じていくが、共同声明のなかに、何カ月以内にとは書けない。もし1日でもたがえたらよくないことだからだ。総理と私とが中国を訪問した以上、2人を信用してもらって、できるだけ早く大使の交換をやるということで御了承願いたい。

(略)

会談全体の流れを見れば、日中国交正常化にあたって、尖閣問題を棚上げとすることで両国首脳の合意があったことは明白だ。

日中友好の出発点としての国交正常化をスムーズに進めるために、両国間で対立のある具体的問題の解決は先送りにして(小異を捨てて)、まず国交正常化の実現を最優先で進める(大同につく)ことで田中総理と周恩来総理が合意している。その合意を前提として、田中総理の側から尖閣諸島問題をどうするか(これも先送りにしていいか)と問いかけ、周総理は、それは今問題にすべきではない、解決は先送り(棚上げ)すべきだと答えているのだ。

外務省が書いた「わが国の外交記録」でも、日中両国は尖閣問題の棚上げで合意しているではないか。なのになぜ日本政府は、棚上げの合意はないなどと言うのか。

どうやらこういう理屈らしい。

東京新聞(6/5):

1972年9月、当時の田中角栄首相は北京を訪問し、中国の周恩来首相との国交正常化交渉に臨んだ。日本側の記録によると、田中氏が沖縄県・尖閣諸島に言及したのに対し、周氏は「尖閣問題は今回話したくない」と提案。これに続く田中氏の発言は記載されていない。一方の中国は、田中氏が提案に「分かった」と返答したとして「日中間に領有権問題の棚上げ合意は存在する」と主張している。

バカじゃないのか?

周恩来の側から提案したというのは文字面の上での形だけで、実質的には「いろいろ言ってくる人」を気にした田中の側から話を持ちかけ、周恩来は田中の意を汲んだ回答をしているのだ。周発言の後で田中が何を言ったか(言わなかったか)など、どうでもいい話だ。

日本政府よ。「わが国の外交記録」を読めばすぐバレるような、幼稚な詭弁を弄するのはいい加減やめたらどうか? 田中がはっきり返答してないから合意はなかったなどという屁理屈では、お上の言うことをすぐ鵜呑みにするB層国民は騙せても国際社会では通用しない。恥の上塗りをするだけだ。

備考:周発言の後で田中が改めて同意を表明したかどうか、それは日中両国の外交記録を突き合わせてみれば明らかになるだろう。ちなみに、上に引用した会談記録で、周恩来が尖閣問題を棚上げすると言った直後、田中の応答も待たずに突然大使館を置く時期の話など始めているのはどうも胡散臭い。文章が何行か「意図的に欠落」しているのではないか?

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