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『ひろしまタイムライン』シュンのツイートは記録と空想の最悪の混合物

前回記事ではシュン@ひろしまタイムラインの8月20日のツイートを取り上げたが、このアカウントは6月16日にも悪質な差別扇動ツイートを行っている。

NHKによると、シュンのツイートは「新井俊一郎さん(当時13歳)が1945年に書いた日記に加え、ご本人の手記やインタビュー取材などにもとづいて作成」しているとのことなのだが、こんな話は氏の日記には出てこない。2009年に出版された復刻版によれば、当日の日記の内容は以下の通りだ。(【】内は復刻版出版時の補足。)[1]

6月16日 (土)  晴

 我々は、今日も勤労作業に出動した。それは、県内◯◯村に行き、そこで軍の◯◯作業を行なふためである。朝早く広島駅に集合し、汽車に乗って◯◯村へと行った。暗いカンテラの光の中で熱汗を流しつつやった。実に草臥れた。秘密のことなので作業のことは以上しか書けない。午後四時半、汽車にて帰宅。

 【口田村の安芸矢口駅近くで、軍需物資の貯蔵用と思われる地下トンネルの掘削作業。作業員の主体は朝鮮人らしかった】

日記でなければ元ネタは何なのか。

日記の復刻版とは別の新井氏の著書の中にこれに相当する部分があることを指摘している方がおられたので、関連部分を引用する。

 これも軍の命令で出動したのですが、私たち中学生が現地に着いてみると、既に大勢の大人たちが掘りかけの穴の中で働いていました。よく見ると、それは徴用された朝鮮人の一群でした。

(略)

 働いている彼らが朝鮮人だ、ということは、彼らの話す言葉ですぐに分かりました。彼らも私たちと同じように腹を空かしていました。誰かが一匹の蛇を捕まえたのです。ワッとばかりに大勢が蛇を捕らえた男を取り囲み、その蛇を奪い合い、なんと私たち中学生に軍配があがりました。

 少年組のなかでも勇気があり調理のコツも心得た一人が、まず蛇を地面に叩きつけて殺し、まるでウナギを調理して蒲焼きにでもするかのように見事な腕を振るったものです。「旨いぞ」と声があがりました。6月16日の、トンネル工事での出来事でした。

 泥まみれの工事現場で彼ら朝鮮人たちは、平気で言い放っておりました。

 「この戦争はすぐに終わるヨ」「日本は負けるヨ」

 反論しようにも彼らは大集団でしたし、相手が朝鮮人だということで、何だか言い出しにくかったし、何よりも反論すべき根拠に乏しかったことも事実です。

確かに内容的には対応しているが、表現のニュアンスはかなり違う。新井氏自身は彼らを「朝鮮人の奴ら」などと敵視していないし、「日本は負ける」と言われたときも、ただ多勢に無勢で言い返せなかったのではなく、理由はもっぱら「反論すべき根拠に乏しかった」からだと述べている。

では、ツイートで悪い方向に表現を「盛った」のは誰なのか。朝日新聞の取材により、そもそも新井氏の意図に反してこうした表現がなされていたことが明らかになった。

digital.asahi.com

新井俊一郎さんの一問一答

 モデルとなる日記を書いた被爆者の新井俊一郎さんとの詳しいやりとりは次の通り。

 ――「大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が列車に乗り込んでくる」という8月20日のツイートが問題になりました。「こういうツイートをします」という事前確認は。

 全くありません。第一、この言葉は、私の日記のどこにもありません。私の手記やNHKによるインタビューでは、似たような表現をしています。75年前の私のこととして。

 ――「朝鮮人の奴(やつ)らは『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』と平気で言い放つ」という6月16日のツイートも問題となっています。

 朝鮮人の「奴ら」とかは一切話をしておりません。「軍国少年」シュンちゃんの日記だから、子どもたち(投稿を担当した高校生たち)がそういう表現で書いたのでしょうが、朝鮮人と論争になったとか、侮蔑的な思いで眺めたとか、そういう話も一切していません。いわんや、この言葉をネットに載せるなんていうことは、事前の承諾がないんですから。

(略)

 ――基本的に1945年の日記と同じ流れで、2020年の同じ日に毎日つぶやく。一つ一つのツイートの、新井さんによるチェック作業は。

 そんなことしていたら私、(自分の)仕事ができません。初めから「そんなことはできない。NHKが責任持ってやって」と言っているわけです。4月に最初の番組を放送した途端、内容に疑問を持ったので、「新井の日記をシュン日記として出すのは、私の日記の偽造では」と言った。すると担当者が、「新井さんの日記を原作として、子どもたちと一緒に創作をしている」と言った。私はそんなことを許した覚えは一切ないと激怒しました。すると担当者は、「創作」という言葉は使いませんでしたが、「つぶやきという形で、子どもたちの思いを書き加えたものを投稿させてもらいたい」と言い、私は認めたんです。歩み寄ろうと。(略)これは私の責任だと思っています。あそこで歩み寄っていなければこんな事態は招いていません。

(略)

 ――ワークショップに参加したのは、新井さん、高校生たち、そしてNHKの人、と。

 最初のときは、(「シュン」と同様に実在の人物の日記をもとにツイッターに投稿する)「一郎」さんや「やすこ」さん関係の大人の人も何人かいて紹介されましたよ。顔合わせだったんでしょうね。印象的なのは、子どもたち(高校生たち)と昔の話をしていたときに、ヒトラー、ムソリーニが死んだとき、私が日記の中で哀悼の意を述べているという話になった。そしたら担当者が「今でもヒトラーを尊敬していますか」と。そういうふうに思われてるんかなあと思ってがくぜんとした。

 ――注釈なしに投稿した点は、NHKも「配慮が不十分だった」としている。

 もう一つは、現在進行形で出来事を追っているんですね。私に対して「広島に行っちゃあいけないよ」と声をかける。「危ない」と。そのまま追体験しているようになる。そこに「朝鮮人」って。

NHKは「柱を立てた」

 ――新井さんはかつて、地元民放テレビ局に勤めておられました。

 私もテレビ局でドラマ制作をしていましたから分かるんですが、「柱を立てる」という手法ではないでしょうか。今回の企画は劇作家の方が監修しているそうです。「柱を立てる」というのは業界用語で、一番最初に印象的な言葉を置くんです。その後、関連することをゆっくり拡張しながらドラマを作っていく。朝鮮人といったらみんな「?」とくるでしょう。後半になればなるほど、すさまじい状況を描いていますよね。子どもたちがすんなりこんなことを書くかな。大人の手が入ったと思いました。

 ――今回のことが起きた原因は何だと思いますか。

 半分は、私が歩み寄ったがために問題を招いた。残りは、NHKが責任をもって番組を遂行していくと言った、その責任を文字どおり実行しなかったことにあります。子どもたちがツイートとして原稿を書くのはものすごく危険なことですよ。危険なことを承知の上で、必ずチェックをして慎重に、出すか出さないかを判断するということを含めてすべて責任を持つのがNHKのはず。スルーして出てしまった責任がある。

 75年前の戦争体験を持った人間、あの当時の状況が分かってる人間だったら、こんなこと絶対にするはずがない。「厳重に子どもたちを監督指導します」と言われ、歩み寄った私も甘かったと思います。

直接ツイートの原稿を書くのは子どもたちでも、NHKのアカウントから発信する以上、その内容が歴史修正や差別扇動にならないよう適切に監督指導する責任はNHKにある。ところがNHKは逆に、新井氏の日記にもなく氏の意図とも反する差別性をツイートに盛り込む方向に子どもたちを誘導したか、またはそうした内容になっていることを知りつつ放置したわけだ。

とんでもない話で、到底許されることではない。

[1] 新井俊一郎 『軍国少年しゅんちゃんのヒロシマ日記(復刻版)』 非売品 2009年 P.51

 

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