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ナイキの反差別CMをどう見るか

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11月27日、Nikeが3人のサッカー少女を主人公にした2分間のCMを公開した。

一人はチマ・チョゴリを着てうつむきながら街を歩く在日の少女、一人は周囲の身勝手な好奇心にさらされる黒い肌の日米ダブルルーツの少女、もう一人は学校やSNSでいじめを受けている日本人の少女である。

それぞれ困難を抱え、「みんなに好かれなきゃ」「気にしないふりしなきゃ」「我慢しなきゃ」と自分を押さえつけていた彼女たちが、やがて「いつか誰もが ありのままに生きられる そんな世界になるって?」「でも、そんなの待ってられないよ」と顔を上げて生きていくことを選ぶ。

感動的と言っていい、見事な反差別CMである。

右からの攻撃は滅茶苦茶。罵倒と揚げ足取り、差別のオンパレード。

このCMが公開されると、予想通りというか、当然のように右派からの攻撃が殺到した。

例によって百田尚樹のような「大物」が犬笛を吹き、有象無象のネトウヨが群がって叩きまくっている。

ついにはCMに出演した在日少女の個人情報を晒す者まで出てくる始末だ。

彼らは口々に「日本に差別はない」とか「このCMは日本をヘイトしている」とか言うわけだが、CMを企画制作したNIKEだけでなく出演した在日少女をも「在日である」というその属性を理由に叩く、そういう彼らの言動そのものが立派な差別の実例になっている

いつものことながら、ネトウヨ連中の愚かさとタチの悪さには呆れるほかない。

左からの批判にはうなづける点もあるが、「NIKEは◯◯だからダメ」ではダメだろう。

一方で、このCMに対しては左からの批判もある。

その理由は、渋谷区による宮下公園からの野宿者排除にナイキジャパンが関わっていたことや、そもそも労働力の安い国で作った製品をブランド力を駆使して高く売りつけるグローバル企業であるNikeがこんなCMを流したところで偽善でしかない、というものだ。

確かに、そうした問題点を忘れるべきではない。

しかし、「やらない善よりやる偽善」というくらいで、ナイキのような有名企業がCMという形で明確な反差別のメッセージを発したことの意味は大きい。影響力が大きいからこそ、差別者連中が必死で噴き上がっているのだ。

この件で批判すべきはNikeではなく、こうした反差別メッセージを一向に発しようとしない日本の大企業であり、「公共広告機構」であるはずのACジャパンであり、何よりこの国の政府だろう。