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【番組評】裕仁の「平和国家」勅語は褒め称え、憲法9条の「芦田修正」はスルーしたNHKスペシャル

4月30日に放送されたNHKスペシャル憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた』が好評なようだ。日本国憲法第9条の条文がGHQ草案のままではなく、国会(帝国憲法改正小委員会 1946.7.25-8.20)での審議を通じて文言が追加・変更されたことを根拠に、「9条は日本人が作った」「押し付けではない」と主張する番組である。

日本国憲法が平和主義なのは9条に「国際平和を誠実に希求し」が入っているから?

ではまず事実を確認しよう。戦争放棄に関する条項のGHQ草案GHQ草案に基く帝国憲法改正案(小委員会に原案として提出されたもの)、現行日本国憲法それぞれの条文を並べてみると、次のようになる。

GHQ草案

Article VIII. War as a sovereign right of nation is abolished. The threat or use of force is forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.

国家の主権としての戦争は廃止する。武力による威嚇まはたその使用は、他国との紛争解決の手段としては永久にこれを放棄する。

No army, navy, air force, or other war potential will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon the State.

陸軍、海軍、空軍その他の戦力の保持は決して認められない。また交戦権は決して国家に与えられることはない。

帝国憲法改正

第九条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを放棄する。

 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。

日本国憲法

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

GHQ草案と帝国憲法改正案では、表現は異なるものの、内容的にはほぼ違いはない。一方、帝国憲法改正案と現行日本国憲法とを比べると、

  • 第1項冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という一句が挿入されている
  • 第2項冒頭にも「前項の目的を達するため」という一句が挿入されている
  • 戦力の保持に関して、「保持してはならない」が「保持しない」に変更されている

という大きな違いがある。

番組ではこのうち「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」の追加に焦点を当てて、これが日本国憲法の三原則の一つ「平和主義」を誕生させたと位置づけている。

ナレーション:9条の平和について提言したのは、日本社会党の鈴木義男です。

鈴木委員:みなさんのご意見を伺います。ただ戦争をしない、軍備を皆棄てるということは、ちょっと泣き言のような消極的な印象を与えるから、まず平和を愛好するのだということを宣言しておいて、その次にこの条文を入れようじゃないか。

ナレーション:後に司法大臣となる鈴木義男。その主張は、9条の冒頭に「平和を愛好する」という文言を追加することでした。他の委員からも、賛同の声が上がります。

(略)

ナレーション:7月29日、再開された小委員会の冒頭で、芦田委員長が一つの案を示します。

芦田委員長:こういう文字にしたらどうかという試案が一つ出ているのですが……「日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認することを声明す」。

ナレーション:鈴木が、最後の「声明す」の削除を求めました。

鈴木委員:「戦力を保持しない」「国の交戦権を否認する」と言い放せば良い。自分の行動を規律することをここに意思表示するのです。

ナレーション:憲法9条の平和主義が誕生しました。

だが、本当にそうか?

日本国憲法が平和主義だとされるのは、9条に「平和を愛好する」とか「希求する」といった類の文言が入っているからではない。具体的な行動規定として「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」を定めているからである。国際平和の希求といった理念は個別条項というより前文に書かれるべきもので、実際憲法前文にも同様の理念がうたわれている。(この点についてはGHQ草案以来変化はない。)

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

試しに「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」を削除してみても、9条の平和主義が揺らぐことはない。はっきり言えば、この文言は言わずもがなのことを付け加えただけの飾りにすぎない。9条が押し付けではないことを主張したいなら戦争放棄それ自体が日本側(幣原喜重郎)からの提案だったことを指摘すれば十分で、この小委員会での議論をこんなふうに持ち上げる必要はない。

NHKスペシャルがスルーした「芦田修正」

一方でこの番組は、この小委員会で行われた重大な変更である「前項の目的を達するため」という文言の挿入(いわゆる「芦田修正」)については沈黙している。

この、なにげない一句の挿入が、後に自衛隊という「事実上の軍隊」を合憲だと強弁するための根拠として使われることになる。朝鮮戦争勃発後の1951年1月、芦田はこんなことを書いている[1]。

 ……憲法第九条の二項には「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」とある。前項の目的とは何をいうか。この場合には、国策遂行の具としての戦争、または国際紛争解決の手段としての戦争を行うことの目的を指すものである。自衛のための武力行使を禁じたものとは解釈することは出来ない。

 ……第九条の第二項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文字を挿入したのは、私の提案した修正であって、これは両院でもそのまま採用された。従って戦力を保持しないというのは絶対にではなく、侵略戦争の場合に限る趣旨である。「国の交戦権はこれを認めない」と憲法第九条末尾に規定してあることは、自衛のための抗争を否認するのではない。現に国連軍は朝鮮において抗争しているが、これは警察行動であって、交戦権による戦争とは呼ばれていない。これは、疑いもなく、自衛もしくは侵略防止の抗争と交戦権とは不可分のものではないとの生きた実例である。われわれは、この種の行動を認められることによって国を侵略から護りうるのである。

 私の主張は憲法草案の審議以来一貫して変っていない。憲法はどこまでも平和世界の建設を目的とするものであるから、われわれが平和維持のために自衛力をもつことは、天賦の権利として認められているのである。

9条を普通に日本語として読めば、「前項の目的を達するため」という一句があろうとなかろうと、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と言い切っているのだから、陸上自衛隊海上自衛隊航空自衛隊も持てるはずがない。芦田が言っていることは所詮屁理屈にすぎない。だが、この一句の挿入によって、後に狡猾な法務官僚や政治家たちが屁理屈をこねる余地を生んだことは間違いない。

番組が「平和主義を生んだ」と礼賛する帝国憲法改正小委員会は、むしろ実態としては「平和主義を殺すための毒を仕込んだ」と言ったほうが正確だろう。

ちなみに、芦田が最初から、戦力不保持を侵略戦争の場合に限定する趣旨で「前項の目的を達するため」の挿入を提案したというのは実は嘘なのだが、これについては改めて別に書くことにする。また、戦力を「保持してはならない」を「保持しない」に変えたのは、「何だか押し付けられているようで嫌だから」というだけの理由だった[2]。憲法というものが人民による政府への命令であることを理解していない議論である。

芦田委員長:これは人の趣味の問題だが、これを読んで、陸海空の戦力はこれを保持してはならないというと、何だか日本国民全体が他力で押え付けられるような感じを受けるのですね、自分で……

大島委員:そこの第二項の所をこういう風に修正したらどうでしょうか、「陸海空軍その他の戦力の保持及び国の交戦権はこれを認めない」……

(略)

鈴木委員:元来戦争の問題だから、何か委員長のような感じを私どもも最初は持ったんですが、考えてみると、憲法は国家機関に対する命令を規定していることが非常に多い、何々を保障する、何々をしてはならない、思想及び良心の自由を侵してはならないと言うのであって、国家機関が、将来の政府は陸海空軍を設置してはならないということを命令しているんですから、差支えないと思います

(略)

芦田委員長:だから初め申上げたように、これは趣味の問題だが、我々の趣味では、その他の戦力はこれを保持してはならないというような言葉を読まされることが何だか……

吉田委員:それは分かる、辛い

天皇裕仁の「平和国家」勅語まで礼賛

この番組では、肝心の「芦田修正」をスルーして、実質的にはどうでもよい「国際平和を誠実に希求し」を持ち上げていることに加えて、天皇裕仁の「平和国家」勅語まで礼賛している。

ナレーション:(降伏文書への調印から)二日後9月4日、戦後最初の国会が開かれます。日本は新たにどのような国家を目指すのか。国会を招集したのは、明治憲法統治権のすべてを握っていた昭和天皇です。天皇は開院にあたって、みずから勅語を読み上げました。

ナレーション:「平和国家を確立して人類の文化に寄与せんことをこいねがう」。
 平和国家を確立――新たな日本の建設に向けて、昭和天皇が、平和国家という目標を、初めて掲げたのです。

1945年9月4日といえば、玉音放送からまだ一ヵ月も経っていない時点である。ほんの一ヵ月前には陸海軍を統帥する大元帥であり、自らの名のもとに膨大な軍民を死なせていた当人が、今度は一転して「平和国家の確立」だという。

裕仁に、自らの責任に向き合う真摯さがわずかでもあれば、こんな言葉は口にできなかったはずだ。しかし、「聖断」以来、戦犯指名を回避し、自らの地位を維持することにのみ汲々としてきた人物には、まことにふさわしい言葉ではある。
 
せっかく帝国憲法改正小委員会に焦点を当てておきながら肝心の「芦田修正」をスルーし、裕仁の「平和国家」勅語まで褒め称えるこの番組は極めて危うい。このような番組を安易に評価する左派・リベラルもまた極めて危うい。
 
[1] 古関彰一 『新憲法の誕生』 中公文庫 1995年 P.296-297
[2] 帝国憲法改正小委員会(1946年8月1日)議事録

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